※この記事の内容は、あくまで僕個人の意見です。浪人を考えている方は、他の色々な情報も参考にして決めてください。すでに浪人生の方は、見ない方がいいかもしれません。
みなさん、こんにちは!
今回は、少し真面目な話で、浪人についてです。ここでは、高校生が希望の大学に入学するために浪人する、「大学受験浪人」のことを指します。
まず、第一に行っておきたいのが、僕は浪人をしたことがありません。
つまり、これは浪人をして感じたこと、という体験談ではありません。
ただ、一度大学院を中退しているので、所属の無い「1年」の重さは十分に感じています。
それに加え、僕は浪人生が多く入学する大学に在籍した経験から、周りの様子から「浪人」について思うことがあり、
また多くの社会人の方にも「学歴」「浪人」について伺ってきたので、
その観点からお話をしたいと思います。
僕のプロフィール
・浪人してた同級生・先輩・後輩が多い環境にいた
・大学院中退の経験から、空白の1年を体験した
・社会人の方や大学職員に「学歴」「浪人」について聞いた
高校生が思っているよりも学歴は評価されない
多くの高校生はそれまで「高校」という狭い環境に閉じ込められていたので、必要以上に学歴が大切だと思い込みがちです。
偏差値の高い大学に行けば行くほど、生涯年収が上がるとさえ思っています。
しかし、現代社会の実態はそうではありません。
とくにここ数年で、学歴の意味は薄れてきています。
ぼくの同級生にも、旧帝大に入学した途端、1000万とか2000万とか当然稼げるみたいなことを言っていたひとがいましたが、そんなわけないです。実際に稼ぐかもしれませんが、それは「その大学だから」ではありません。企業に就職するならば、どんな良い大学を出ていても年収500∼600万円どまりの人なんてざらです。
当時はまだ高校生で受験勉強しかしてこなかった彼らだから、このような思考になってしまったのです。
数年前まではまだ学歴を大きな指標として評価していた時代がありましたが、その頃に比べれば現代において大学名はあまり意味をなしていません。
社会人になって出身大学名を聞くことなんてそうそうありません。社会人からしたら、出身大学を聞くことは出身の幼稚園を聞くようなものです。
しかし残念なことに、親や高校教員は未だに、あたかもよい大学に入ることが重要であるかように、高校生に勉強を強います。
しかし、親はともかく、高校教員のせいではありません。世の中に、そういう風潮が残っており、学校という組織が、また高校生自らが作り出している文化なのです。
あとでも触れますが、1、2年浪人してまで希望の大学に入学しても、期待以上の「学歴」効果はないと思います。
以上が、浪人しないほうが良いと思う1つ目の理由です。多くの高校生が浪人しようか迷う理由の一つは、その大学に魅力を感じているからではなく、それが「人生において重要なもの」として必要以上に感じてしまっているからです。
勘違いしてほしくないのが、学歴は「思っているよりも」重要ではなく、評価されないですが、よい大学に行くメリットはもちろんあります。勉強したい人にとっては質の高い授業を受けたいでしょうし、大学が変わることで出会う人も変わります。
また、今はまだギリギリ、就職の時点でのみ、学歴は使えます(みなさんが大学を出るころにはどうなっているかはわかりません)。
それと、理系で研究職に就きたい人ならば、旧帝大以上に行っておくのは重要だとは思います。
生涯年収の面
浪人しようと思っているひとはこの時点では生涯年収のことなんて頭にないと思いますが、大学1年生でこの事実に気づく人は多いです。
浪人して1年遅れるということは、最初の年収分が減るように思われがちですが、
浪人してる人は、浪人していない人の前年の収入を追う形になるので、
社会から引退する時期が同じだとすると、最後の年の収入で差がつくのです。
現在では、平均的には社会人1年目の年収は200万円程度、引退時の年収は400~500万円程度でしょうか。つまり、浪人することで平均的に400~500万円を減らしてしまうと期待されます。
それに比べ、予備校に通うならばそれプラス予備校費用といったことになります。
浪人して学歴が1ランクアップすることに、その500万円以上をまかなう価値があるのかは疑問です。
もちろん、その得た学歴を存分に生かし、年収を大幅にアップさせるつもりなら良いですし、
あくまで現代における平均的な話なので、今後浪人の影響がどうなるかはわかりません。悪くなるかもしれませんし、可能性は低いですが良くなるかもしれません。
レベルの高い環境に身を置くことが自分にとって最適とは限らない
浪人して合格するメリットとして、よりレベルの高い環境が得られるということが挙げれます。
周りにいる人は面白く、優秀な人が多く、刺激的に成長できるかもしれません。
こういったレベルの高い環境に身を置くことは成長のために重要であることは確かです。
しかしながら、「レベルの高い環境」にも種類があります。
基本的に、みんなが良いと思う大学は偏差値がもれなく高いです。そんな大学にいるのは、勉強ができる人たちで、環境のレベルの高さは「勉強ができるかどうか」からきています。
受験勉強では限られた時間の中でいかに勉強するかという効率の良さが必要となるので、そんな大学には効率が良く、いわゆる優秀な人が集まっています(ここでは、「何をもって優秀か」の議論は省略)。
そんな環境に身を置きたいひとにとっては、完璧な環境ですね。
しかし、もしあなたが美容師になりたいならどうでしょうか?
あなたが求める環境は、「髪を切るのがうまい人が多い」だったり、「コミュニケーション能力が高く、ユーモアのあるひとがたくさんいる」ことですよね。
これは極端な例ですが、目指すものによって目指す環境が違うのは当然ですね。
そして、もしあなたが「勉強ができるひと」の環境を好んだとしても、浪人して身の丈にあわないレベルの高い大学にいくことは、最適ではない可能性があります。
人によっては、少しレベルの低い大学でトップとしていた方が頑張れる人もいますし、その逆もいます。
面白いことに、大学の中でも差がありますので、あるレベルの高いと思われている大学の底辺より、そこまでレベルの高くない、現役で十分受かる大学のトップのほうが圧倒的に優秀だったりします。
そこまでレベルの高くないところでも、トップでいれば授業料が免除になったり、よい就職先の推薦が取れやすくなります。
このときのあなたの最適解は、このように現役で受かったところに行くことです。
まあ、頭でわかっていても、学歴コンプレックスや変なプライドで、妥協して大学に行くのが嫌で多くのひとは浪人するんですけどね。
無駄な一年を過ごす
ほとんどのひとは、もし浪人したら1年間の間、予備校に通うかどうかはともかく、勉強しかしないでしょう。
浪人時代に勉強せず遊んでいた人もいましたが、稀だと思います(彼は2浪していました)。
そうなると、様々な機会を失い、視野が広がらず、高校生の勉強の思考で止まってしまいます。
これは単に1年という時間だけでなく、大きな機会損失があります。
はっきり言って、勉強として「より完璧に」問題を解く能力をつける時間は無駄です。
世の中にはもっと面白いことや、もっと重要なことがあります。これは僕も受験勉強から解放されて初めて気づいたことです。
あなたの才能は、もっと他の場面で必要とされているかもしれません。
大学院に進む場合、「一年」は思っているよりネックになる
4年制大学に入学した場合、卒業するときの年齢は現役で22歳、浪人しても23歳くらいです。
しかし、大学院に進学し、修士課程で就職するなら、24歳か25歳ということになります。
(高学歴になるほど、大学院の進学率は高いです)
場合によって、若さは学歴よりも貴重になります。もしあなたが将来就職する場合は、企業からしたら大学で学んだ知識よりも若さや純粋さが欲しいので、浪人するよりもさっさと4年制大学に入るのがいいと思います。
1浪して東大に入り、大学院に進学したひとが、企業に「年齢がいっているので」と、入社を断られたケースもあるようです。
たった1浪でも、東大でも、このようなことが起きる可能性があるのです。
また、大学院に初めから進むのが決まっているならば、大学から大学院に進学する時点で他の大学院にいくことはできるので、そこで挑戦しなおしてもよいでしょう。
日本の無駄な受験戦争を加速させる
これは本人とは直接関係ないかもしれませんが、日本では受験勉強を必要以上にやりすぎているのが現状です。
もちろん、最低限の教養は必要ですし、エンジニアになるなら微分積分は学ぶ必要があります。
しかし、「受験としての勉強」をやりすぎなのです。無駄な部分が非常に多い。
せっかくの貴重な人材になり得るひとの1年を、受験勉強に捧げているという事実は、もったいない話です。
浪人すれば、受験には強くなりますし、現役生よりもできるのは当たり前です。しかし、浪人生がいると、その分現役生が落ちているということになります。
そうなるとどうなるか。その落ちた現役生の1部が、浪人生になるわけです。
このようにして、「無駄な1年」が常に作り出されているのが日本です。
そして、それをターゲットにビジネスを展開しているのが「予備校」です。
やりすぎた受験勉強によって日本人の質が上がるならばまだよいのですが、そうではありません。
浪人するか迷っている人にはそんなこと知ったこっちゃないかもしれませんが、明らかに問題ですね。
以上が、浪人しない方がよい理由です。
はじめにも言いましたが、これはあくまで僕の意見なので、参考までにしてくださいね。
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